こんにちは、こんばんは、ギカレンジャーです。
阪神甲子園球場(阪神甲子園球場)でよく聞く待ち合わせの定番ワード。

ほな、1号門前で!
でも、初めて来た人ほどこう思いませんか?

1号門って“正面入口”じゃないの????

なんで、中途半端なところに1号門があるの?
確かに、現代の感覚だと“1番=正面”というイメージがあります。
しかし甲子園の場合、その発想は少し違います。
1号門は1塁アルプス席の入口
にあります
その理由を
建設時の甲子園球場の位置づけ:なぜ正面じゃないのか
鉄道会社(阪神電車)が作ったスタジアム:なぜ1塁アルプスなのか
に分けて解説したいと思います
■ なぜ、正面じゃないのか~建設時の甲子園球場の位置づけ
甲子園は、阪神電鉄による沿線開発の一環として1924年に誕生しました。
当時の球場の正式名称は
「甲子園大運動場」
そうです。元々の設計の思想は運動場だったのです。
これは阪神電鉄が公式に説明している通り、
沿線住宅地開発と一体となった“巨大運動施設”として構想されたものです。
この施設を運動場だと思ったときに、一つ例え話をします。
学校の運動会を思い出してください。
校門の真正面から入場するのではなく、
運動場の端、つまり“横”から入場することが多いですよね。
これは運動場の中心を式典スペースとして確保するためです。
甲子園も同じ発想で1号門を”横”に作って入場をさせた可能性が高いです
■ では、なぜ“一塁側”が起点になったのか?
でも、
「なぜその場所(1塁アルプス)がスタート地点なの?」
この疑問を、歴史と運営の視点から整理してみます。
① 甲子園は“高校野球中心”で設計された球場
1924年開場当時、甲子園は
プロ野球の本拠地ではありませんでした。
全国中等学校優勝野球大会(現在の高校野球)のために建設された球場です。
そのため想定されたのは、
- 学校単位の大応援団
- 吹奏楽
- 団体での入退場
そして拡張期にはアルプススタンドが整備され、
とくに一塁側アルプス周辺が“団体運用の中核”となっていきます。
大人数が動く場所を基準点にするのは、運営上とても合理的です。
② 阪神電鉄が造った“駅導線優先”の球場
甲子園は阪神電鉄によって建設されました。
つまり設計思想の中心は、
- 駅からどう人を流すか
- 外周をどう整理するか
駅からの動線と外周整理のバランスを考えた結果、
一塁側を基準点とするのは自然な選択だったと考えられます。
③ 特徴的な「左右対称構造」
甲子園の号門は、「左右対称構造」
ホームベース裏を中心に見ると、番号はほぼ鏡写し。
1 号門(1塁アルプス)⇔ 14(3塁アルプス)
2 ⇔ 13
4 ⇔ 11
5 ⇔ 10
7 (バックネット裏)⇔ 8(バックネット裏)
この“対称性”が成立するよう設計すると、
中心(正面)は中間番号になる。
だからバックネット裏が
7号門・8号門 になるのは、むしろ合理的。
逆に言えば、
端を1にして、中心を中番号に置いた設計
とも言えますね
■ だから違和感が生まれる
現代人の感覚では、
「正面玄関=1番」
が当たり前。
でも甲子園は100年以上前の設計思想を今も引き継いでいます。
だからこそ、
「1号門ってそこなん?」という違和感が生まれる。
しかしその違和感こそ、
甲子園が“歴史の塊”である証拠とも言えるのです。
きっと、ちょっとだけ
甲子園の見え方が変わるはずですね。


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